絵にすべてを語らせないという選択

観る人の中に芽が出る余白

タイトル:「夢を見る木」
サイズ:F4号(33.3 x 24.2 cm)
技法:油彩/キャンバス
制作年:2025年


絵って、「伝える」ものだと思っていたけど、
全部伝えようとしないほうが、むしろいいのかもしれない。

最初は「これを描きたい」っていう気持ちから始まって、
次に「どうしたら伝わるかな」と考えるようになって、
でも今は、「伝えすぎない」ことの大切さを感じている。

ぜんぶ説明しなくていい。
見る人の中で、そっと芽が出るような余白があるほうが、
絵はもっと自由に、静かに届いていくような気がする。

描くって、やっぱり楽しい
描くことの喜びをあらためて感じる。
計画通りじゃなくて、偶然から現れるもの──
にじみや形、なんとなく見えてきた風景に、自分の心の中がふっと出てくる。

そういう瞬間が、いちばん嬉しい。

モチーフは探すものじゃなくて、気づくもの
「描くものがないな」と思うとき、
実はもう心の中にあることが多い。
ただ、日々のあれこれに気を取られて、気づかずに通り過ぎているだけ。

誰の中にも、たくさんのイメージや思いがある。
それが見えてくると、描きたいものは自然とあふれてくる。

まだまだ説明っぽい絵になってしまうこともあるけれど、
少しずつ、余白のある表現に向かっていきたい。
見る人の心の中で、ふっと何かが芽生えるような絵を目指して。